あらすじ

美咲の勤めるネイルサロンにアロマテラピールームが新設される。テラピストはなんと男性。しかもヨーロッパ帰りのイケメン! 実技披露を兼ねて正式オープン前にマッサージを体験する美咲。背中に温かなオイルを塗りこまれ、長くしなやかな指先はやがて……。

ちょっとだけ立ち読み

「じゃあ、うつぶせになって」
 そう言われて、私は寝台の上に腹這いになって横たわった。顔の部分に穴があいている、エステサロンなどによくあるあの台だ。
 身につけているのは、紙パンツと首の部分にだけゴムを通したタオル地の施術着。背中の部分があいていて、さらに上から一枚、目隠しのためのタオルをかける。
 その時、タオルを持った翔吾さんの指がふっと背骨のくぼみをかすめ、反射的にびくっとしてしまう。
「緊張しないで」
 頭の後ろから、ささやくような声が降ってくる。と同時に、手に精油を浸しているのだろう、ぺちゃぺちゃという音が聞こえる。
 何も見えない状態で身を任せている……それだけで、なんだかドキドキする。
 考えすぎだとわかっているけど。
 これはただのアロマテラピーなんだし。

「ちょっと待って、そのタオル、取っちゃっていいわ」
 急に少し離れたところから鋭い女性の声。
「店長!?」
 私と翔吾さんが同時に声をあげる。
「隠してちゃ見えないじゃない。みんながあなたの施術を見たいって言うから、こうして体験施術会を開くことにしたんだもの」
 店長はあっけらかんと言い放った。
「そうそう。美咲の裸なんて誰も興味ないって」
「そうだよー、ひとりだけ体験できるんだからいいじゃん」
 少し離れた場所から、耳慣れた仲間たちの声が聞こえてくる。もう、みんな好き放題言って!
 少しだけ黙っている私の様子を伺うように呼吸をおいたあと、翔吾さんが諦めたように言う。
「いいですよ。でも静かに見ていてくださいね。彼女が緊張しちゃうから。アロマテラピーは、心と体のトリートメント。緊張を解き放つことが一番大事なんです。どんなに技術があっても、受ける人が気持ちよくなれなければ、失敗なんですよ」
 そう言うと、翔吾さんは、私の背中にかかっていたバスタオルを取り去る。気心知れた店の仲間たちとはいえ、みんなの視線が私の素肌に注がれていると思うと、きゅっと背中が固くなった気がした。
「大丈夫、大丈夫。とってもきれいだから」
 そう笑って、再び翔吾さんの指が、私の背中にそっと触れた。

 ここは、私の働いている都内のネイルサロン『Joli』の一室。今はネイルサロンだけれど、来週からアロマテラピーも併設し、総合ビューティーサロンへと生まれ変わるのだそうだ。
 その話は店長から聞いていたものの、今日の終業後、新しくやってくるアロマテラピストが紹介された時、私たちスタッフは騒然となった。
 蓮見翔吾さん。
 ヨーロッパ各国で修行を積んできたという彼は、切れ長の目が印象的な、薄いけれど整った顔立ちと、うらやましくなるようなきめの細かい白い肌を持った男性。でも、マッサージをするには少し華奢すぎるような気もした。
「男性なんですか〜?」
「男の人に肌触らせるのって、ちょっと抵抗ないかなあ」
「んー、でもイケメンだったらいいんじゃないの〜?」
「あんまりイケメンだとかえって裸とか見せたくないじゃない」
 同僚たちは好き勝手にしゃべっている。
「それなら、試してみればいいわ。腕は確かだから、わざわざスカウトしてきたんだもの。誰か施術を受けてみない?」
 店長が不満げに私たちを見回す。と、それまで声をあげていた子も目をそらして黙ってしまう。みんな、軽い気持ちで不満は口にするけれど、いざ自分が試してみるのは怖いのだ。
「あ……、じゃあ私が」
 それまで黙っていた私は、おずおずと手を挙げた。普段大人しい私の行動に、みんなが驚いてこっちを見る。
 同僚達の声にも表情を変えなかった翔吾さんも、本当は少し不安に思っていたのかもしれない。私の方を見て、少し眉間がゆるんだ気がした。
「じゃあ、美咲ちゃん、よろしくね。来週オープンだから、アロマルームはもう準備してあるわ」
 着替えを渡されて施術室に行く前に、私はもう一度翔吾さんの方を振り返った。
 みんな、気づいていないのかな。私たちネイリストには、どんな人を見てもまず指先に注目してしまう癖がある。
 そして、あの人……翔吾さん、すごくきれいな長い指をしている。
 あの指で触れてほしい。
 その気持ちが、いつもはあまり自分を主張しない私を大胆にさせたのだ。

 私の背中を、翔吾さんの手のひらが滑っていく。背骨の脇を往復していた指が、やがて脇腹の方へ。同じ場所を何度もさすられると、なんだかだんだん感覚が鋭敏になっていくようで、私は小さく息を漏らした。

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